PTSDをめぐるお話
一般的にトラウマ的体験を起因とする精神疾患PTSD(心的外傷ストレス障害)は、戦争の歴史とともに形成されてきました。「犠牲者に責任を負わせない」形で、社会的・文化的に先進国で構築された精神疾患であるPTSDについての歴史を振り返ることは重要だと思われます。(以下、PTSDの歴史については橘令氏「付論1 PTSDをめぐる短い歴史」『バカと無知』新潮新書、を参考にしつつ記述。) 「PTSD」の概念は、戦争とともに形成されてきました。第一次世界大戦時に「シェルショック」という症例が報告されています。これは、激しい爆発の近くにいることで「神経の不安定性」を引き起こし、麻痺や関節の動きが制限される筋こうしゅく、身体の歪み、一時的に、耳が聞こえなくなったり、目が見えなくなったり、嗅覚・味覚、不眠症やめまいなども見られたと言います。現在のPTSDのように、フラッシュバックや過覚醒をともなわず、戦闘中のみに発言し、数ヶ月・数年後に現れることはなかったといわれています。 奇妙なのは、患者の多くが前線やその近辺にいなかったこと。戦闘に全く参加していない兵士が多数発症していたことでした。そのため、詐病・臆病者として処分されたケースも多かったそうです。 第二次世界大戦時には、「シェルショック」の症状の現れ方に変化が起こり、頭痛、めまい、疲労、集中力の欠如として現れることから「脳しんとう後症候群」という名前にに取って代わられました。ここでも、奇妙なことに「神経衰弱」を引き起こした症例の3分の2は、前線に展開された兵士ではなく、訓練中の兵士で占められていたそうです。 これまでの症状は、実際の戦闘中、戦時中に起きていましたが、ベトナム戦争を機に帰還兵の戦争関連のトラウマに起因したストレス障害が報告されることで、「心的外傷『後』ストレス障害」という用語が誕生しました。ベトナム戦争では、これまでの戦争と異なり、多くの兵士は激しい戦闘に巻き込まれることなく軍務を終えることができましたが、その間ずっと強い不安と緊張にさらされる兵士が増えることになりました。 ここでも特筆すべきことは、「ベトナム戦争中も戦後も、強いストレス障害で入院した兵士の割合は、非戦闘員であった帰還兵がもっとも高かった」ことです。「PTSDの症状を報告した兵士の多くは、戦闘地帯から遠く離れた場所にいた支援員だった」ことが明ら...