25年ぶりの慶應卒業式。不本意だった学生時代を経て気づいた「私学の力」と、枠からはみ出す若者たちへ
先日(3月23日)、母校である慶應義塾大学から招待を受け、実に25年ぶりに日吉記念館での卒業式に出席してきました。 正直に打ち明けると、私自身は慶應義塾大学へは不本意ながら入学しました。入学式も、そして25年前の卒業式も、どこか周囲の熱狂を冷めた目で見つめ、いやいや参加していた記憶があります。 「慶應らしい」華々しい就職をしたわけでもなく、壇上で表彰を受けるような代表の学生たちとは全く異なる道を歩んでいた自分にとって、キャンパスに溢れるキラキラとした空気は、強烈な違和感を覚えるものでした。 しかし、そんな私が結果的に30代まで慶應に籍を置き、奨学金をはじめとする多大な支援を受けながら研究を続けることになりました。 反発やモヤモヤから始まった学生生活でしたが、長く身を置いたからこそ、後になってようやく理解できたことがあります。 それは、福澤諭吉先生の理念の奥深さと、同じ学び舎に集う者たちを強固に結びつける「私学の凝集力」―つまり、まとまる力です。異端児であり、華やかな輪に入れなかった私を、その懐の深さで結果的に守り、支えてくれたのは、他でもない慶應というコミュニティの力。そこには感謝しなければならないと、今更に思うのです。 そのような背景を持つ私には、実は「かなりの勇気」を出して再び足を踏み入れた卒業式でした。(友人の誘いがあったからですが・・・) そこで、一つの大きな「発見」がありました。 式典の中で、伊藤公平塾長から卒業生へ向けられた式辞。その核心は 「戦後日本モデルからの脱却」 でした。 「良い大学へ行き、良い企業に勤め、そこそこの給料をもらって安定した生活を築く」 ——塾長はこれを限界を迎えた戦後モデルと呼び、敷かれたレールから外れる冒険や、既成の枠を飛び出すことの必要性を強く説かれました。 会場を見渡せば、これから社会のメインストリームへと羽ばたいていく彼女彼ら「エリート慶應生」は、見方を変えればその「戦後日本モデル」の最も優秀な成功者たちです。友人たちとキャッキャッと賑やかに門出を祝う彼らの姿は眩しく、頼もしくもあります。 しかし、これから本当に既成の枠組みを破壊し、新しい時代を突き抜ける原動力となるのは誰でしょうか。 今この時代が真に求めているのは、この華やかな卒業会場に「キラキラと」出席することができず、モヤモヤとした違和感を抱えながらひっそりと卒業し...