【GIERI×カナダFireside】小豆島・碁石山の修験道が、次世代リーダーの「認知」をアップデートする理由
「本当のグローバル教育とは、全く異なるOS(精神性)を自分の中にインストールする体験である」 2026年2月7日。冷たい海風が吹き抜ける小豆島の岩山、第2番札所「碁石山(ごいしざん)」。カナダの教育団体『Fireside Adventures』と我々GIERIが共同で企画する次期プログラムの視察・対話(ファイヤーサイド・プログラム)のため、私はこの地を訪れました。 迎えてくれたのは、システムエンジニアから僧侶へと転身した異色の経歴を持つ堂守、大林慈空氏。パチパチとはぜる護摩祈祷の炎と、煙で黒く燻された自然洞窟の本堂。そこでの対話は、カナダからの参加者——いや、これからの複雑な世界を生き抜く全ての若者たちにとって、極めて戦略的かつ本質的な「学びのコア」になることを確信させるものでした。 マーケティングや教育戦略の視点から、なぜこの碁石山での体験が、カナダ人向けのプログラムにおいて 「圧倒的な競争優位性(USP)」 となるのかを紐解きます。 1. 「安全な観光地」ではなく「生の修験道」というUX(顧客体験) 欧米やカナダの自然体験プログラムは高く評価されていますが、碁石山が提供する価値はベクトルが異なります。 岩肌にへばりつくウバメガシ、足を滑らせれば真っ逆さまの断崖絶壁。ここには、現代の観光地がこぞって設置する「安全柵」がありません。大林氏が語るように、ここは「観光地ではなく、覚悟を持って臨む修験場」だからです。 リスクをシステムで排除するのではなく、「自分自身の身体と精神のコントロールによってリスクと向き合う」という体験。これは、雄大な自然を愛し、アドベンチャーの価値を知るカナダの若者たちにとって、最高レベルのインサイトに刺さります。用意されたエンターテインメントではなく、自己の五感を極限まで研ぎ澄ます「本物の身体的UX」がここにあります。 2. 「神仏習合」という、究極の多様性受容モデル 碁石山の洞窟には、仏様である「浪切不動明王」と神様である「金毘羅大権現」が、安政の時代から当たり前のように並んで祀られています。一神教的な「白か黒か」「正義か悪か」という二元論の世界観で育った欧米圏の若者にとって、この「矛盾を矛盾のまま包含する(神仏習合)」という日本のシステムは、強烈なパラダイムシフトをもたらします。 多様性(ダイバーシティ)の真の理解は、論理的な学習だけでは到...