ゲーム障害:国際比較分析と日本への戦略的展望

ゲーム障害:国際比較分析と日本への戦略的展望

序論

概要

本報告書は、デジタルゲームの全世界的な普及と、それに伴い世界保健機関(WHO)によって公衆衛生上の懸念として正式に認定された「ゲーム障害」について論じるものである。かつてはニッチな趣味であったゲームは、今や文化・経済を牽引する支配的な力へと変貌を遂げた。この現状は、熱心なゲームプレイと、治療を要する病的な行動とを明確に区別する必要性を浮き彫りにしている。

目的

本報告書の目的は、ゲーム障害に関する厳格かつエビデンスに基づいた国際比較を提供し、その診断基準、疫学的な状況、そして各国が講じてきた多様な政策対応を分析することにある。特に、日本の文脈に重点を置き、その有病率、政策、文化的要因を世界のベンチマークと比較検討することで、日本のステークホルダーに向けた戦略的提言を導き出すこととする。


第1節 ゲーム障害の診断フレームワーク

本節では、以降のすべてのデータを解釈するために不可欠な基礎知識として、国際的な診断基準間の決定的な差異に焦点を当て、その基盤を確立する。

1.1 グローバルスタンダード:WHOのICD-11(コード:6C51)

中核的定義

ゲーム障害は、国際疾病分類第11回改訂版(ICD-11)において、持続的または反復的なゲーム行動(オンラインまたはオフライン)のパターンとして公式に定義されている。診断は、以下の3つの中核的な臨床的特徴に基づいている 1。

  1. コントロール障害:ゲームの開始、頻度、強度、時間、終了、状況などをコントロールできない。

  2. 優先順位の上昇:他の生活上の関心事や日常の活動よりもゲームを優先するようになる。

  3. 否定的結果にもかかわらず継続・エスカレート:問題が発生しているにもかかわらず、ゲームを継続または、より多くプレイする。

診断要件

診断が下されるためには、この行動パターンが「個人、家族、社会、教育、職業、その他の重要な機能領域において著しい障害」を引き起こすほど重症であり、かつ「通常、少なくとも12カ月間」認められる必要がある。ただし、すべての症状が満たされ、かつ重症である場合には、それより短い期間でも診断が可能である 3。この「機能障害」という要件は、熱心ではあるが問題のないゲームプレイを過度に病理化することを防ぐための重要なゲートキーパーとして機能する 6。

国際的な意義

ICD-11へのゲーム障害の収載は、国際的な専門家のコンセンサスに基づく画期的な決定であった 3。これは、世界的に報告を標準化し、研究を促進し、医療専門家がこの障害のリスクに対する注意を高めることを目的としている。これにより、世界中の治療プログラムの正当性が裏付けられることとなった 3。

1.2 米国精神医学会の視点:DSM-5とインターネットゲーム障害(IGD)

「今後の研究のための病態」としての位置づけ

ICD-11での正式な疾患認定とは対照的に、米国精神医学会(APA)が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』(DSM-5)では、「インターネットゲーム障害(Internet Gaming Disorder: IGD)」は今後の研究が必要な病態として付録に記載されている 8。これは、米国において正式な請求可能な診断名ではないことを意味する 9。

診断基準

IGDは、12カ月間にわたり以下の9つの基準のうち5つ以上を満たすことによって定義される 11。

  1. ゲームへのとらわれ

  2. 離脱症状

  3. 耐性

  4. コントロールの喪失

  5. 他の活動への興味の喪失

  6. 問題があると知りながらの継続

  7. 欺瞞(ゲーム時間について嘘をつく)

  8. 否定的な気分からの逃避

  9. 重要な関係や機会の危機

ICD-11との主な違い

  • 範囲:DSM-5のIGDは「インターネット」ゲームに限定されているが、ICD-11のゲーム障害はオンラインとオフラインの両方を対象としている 2

  • 構造:DSM-5は多軸的なチェックリスト方式(9つの症状のうち5つ)を採用しているのに対し、ICD-11は3つの中核的特徴がすべて存在し、かつ機能障害という包括的な要件を満たす必要がある、より記述的で単一的なアプローチをとる。

  • ステータス:ゲーム障害はICD-11では公式な疾患であるが、IGDはDSM-5では提案段階の病態である。

1.3 測定の難問:基準とツールが有病率データをどう形成するか

国際的なデータを比較する上で最大の課題は、研究方法の著しいばらつきである。ある画期的なメタアナリシスでは、有病率の推定値の差異の**77%**が、使用されたスクリーニングツールの選択だけで説明できることが判明した 13

この方法論的な不一致は、主に二つの要因から生じる。第一に、診断基準そのものの違いである。DSM-5基準を用いた研究は、ICD-11基準を用いた研究よりも一貫して高い有病率を報告する傾向がある。実際に、2024年に行われたメタアナリシスでは、DSM-5基準の研究の統合有病率が$7.9%3.0%$であり、この差は統計的に有意であった 11。これは、「問題のある使用」の広いスペクトラムを捉えやすいDSM-5の症状チェックリスト方式と、明確な「機能障害」を要求するICD-11の厳格な基準との間の根本的な違いを反映している。

第二に、評価ツールの多様性である。ICD-11に対応するGADIS-Aや、DSM-5に対応するIGDT-10、IGDS9-SF、IGD-20など、数多くのスクリーニングツールが存在し、それぞれが異なる感度や閾値を持っている 11。これにより、同じ集団を対象としても、使用するツールによって結果が大きく異なるという事態が生じる。例えば、あるメタアナリシスでは、GSMQ-9というツールを用いた場合の有病率が$1.8%

13.7%$にも上った 14

これらの事実が示すのは、各国の有病率データを単純に比較することの危険性である。ある国で報告された$10%という数値と、別の国で報告された2%$という数値を並べるだけでは、それが真の有病率の差なのか、あるいは単に用いた診断フレームワークやツールの違いによるものなのかを区別できない。したがって、信頼性のある国際比較を行うためには、まず使用された診断基準に基づいてデータを層別化し、その文脈の中で数値を解釈することが不可欠である。この「診断の分裂」こそが、データの一貫性のなさを生む根源的な要因なのである。

一方で、WHOによるICD-11での公式認定は、診断基準の違いを超えて、世界的な政策の触媒として機能している。この決定は、ゲーム障害を正当な医療課題として位置づけ、各国の医療制度や研究資金に影響を与えるトップダウンの効果を持つ。例えば日本では、この公式認定が「ネット依存」という曖昧な言葉から脱却し、適切な治療経路や保険適用の確立に向けた重要な後押しとなっている 6。米国のようにDSM-5を主に使用し、IGDがまだ正式な診断ではない国でさえ、WHOの動きは精神医学界や資金提供機関に対して問題の重要性を認識させ、診断基準の標準化に向けた議論を促進する圧力となっている 9。このように、WHOの決定は、各国の国内事情とは別に、ゲーム障害に取り組むための世界的な医療・政策の枠組みを創出したと言える。

図1:ICD-11におけるゲーム障害(6C51)の診断基準



コード スニペット
graph TD
    A(持続的・反復的なゲーム行動) --> B{中核的特徴(3つすべてを満たす)};
    B --> C[1. コントロール障害<br>(開始, 頻度, 時間など)];
    B --> D[2. ゲームを最優先<br>(他の活動より優先)];
    B --> E[3. 問題があっても継続<br>(悪影響にもかかわらず続ける)];
    C --> F((診断要件));
    D --> F;
    E --> F;
    F --> G{著しい機能障害};
    G --> H[個人, 家族, 社会, 教育, 職業など<br>重要な機能領域での障害];
    H --> I{期間};
    I --> J[通常12カ月以上<br>(重症の場合は短縮可)];
    J --> K[診断:ゲーム障害];

    style A fill:#f9f,stroke:#333,stroke-width:2px
    style K fill:#ccf,stroke:#333,stroke-width:2px

第2節 ゲーム障害の世界的な疫学:比較有病率データ

本節では、第1節で確立した方法論的な視点に基づき、最新の有病率データを提示・分析する。

2.1 世界の統合有病率:メタアナリシスの概観

近年のメタアナリシスは、前述の方法論的な問題を反映し、世界の有病率について幅広い範囲の推定値を示している。

  • 2021年のメタアナリシスでは、世界的な有病率は**3.05%と報告された。しかし、より厳格で代表性の高いサンプリング基準を満たした研究のみに絞ると、この数値は1.96%**にまで調整された 13。これは、調査方法が結果に与える影響の大きさを示唆している。

  • 2023年のメタアナリシスでは、統合有病率は**5.0%**と算出された 15

  • さらに最近の2024年に発表された、青年層に特化した大規模なメタアナリシス(84件の研究を含む)では、統合有病率は**8.6%**とさらに高い数値が示された。この研究では、近年の研究ほど有病率が高くなる傾向が指摘されており、これは障害の実際の増加、あるいは研究者の関心と発表の増加を反映している可能性がある 16

2.2 地域別詳細分析:アジア - ゲームと研究の中心地

アジア地域は、世界最大のゲーム市場であると同時に、ゲーム障害に関する研究が最も活発に行われている地域でもある。その結果、有病率の推定値も高くなる傾向が見られる。

日本

日本は、方法論の違いがデータにどう影響するかを示す典型的な事例となっている。

  • 高めの推定値(問題使用レベル):複数の情報源で引用されている2021年の調査では、10~29歳の若者の有病率が全体で**5.1%**と報告されている。この調査では顕著な性差が見られ、男性が7.6%、**女性が2.5%**であった 11。ただし、これは臨床診断ではなく、GAMES-testというスクリーニングツールに基づいた数値である点に注意が必要である 18

  • 低めの推定値(臨床疾患レベル):CESA(コンピュータエンターテインメント協会)などが委託し、2023年に発表された調査では、公式のICD-11基準が用いられた。その結果、「障害が疑われる率」は一般人口(ビジネスユーザー含む)で**0.7%**と、はるかに低い数値が示された。内訳は、子ども(10歳~中学生)で2.3%、**大人(高校生~59歳)で0.5%**であった 19。ビジネスユーザーを除外した場合、子どもの割合は1.6%となる 19

  • 分析:これらのデータから、約5%という数値は「問題のあるゲーム使用」という広いスペクトラムを捉えたものであり、1%未満という数値は、診断可能な疾患として厳密な臨床基準を満たす個人の、より保守的で正確な推定値である可能性が高い。

中国

中国は、特に青年層において、しばしば最も高い有病率を報告している。2024年のメタアナリシスでは、中国の青年における統合有病率は**11.7%**と算出された 16。別のメタアナリシスでは、個々の研究によって使用されたツールに応じて1.8%から12.4%までの範囲でばらつきが見られた 14。この高い有病率が、同国が厳格な規制対応をとる公式な理由となっている。

韓国

世界的なゲーム大国である韓国も、研究の焦点となってきた。2021年の成人(18~49歳)を対象とした全国調査では、臨床的なIGDの12カ月有病率は**0.8%であったが、「問題のあるゲーム使用」の1カ月有病率は8.4%**に上った 20。この結果もまた、臨床疾患と問題行動との間の重要な区別を明確に示している。他のメタアナリシスでは、韓国の統合有病率を11%や19.3%と高く引用するものもあるが、これらは多様な研究タイプを混合しており、信頼区間も広いため、全国調査データのほうが信頼性が高いと考えられる 16

2.3 地域別詳細分析:欧米 - 異なる様相

欧米諸国では、アジアとは異なる有病率のパターンが見られる。

米国

米国の有病率推定値は非常に多様で、臨床診断の可能性があるとされる**0.3%から1.0%の範囲から 23、若年成人を対象とした一部の研究では

10%に達するものまである 24。2020年のメタアナリシスの加重平均では、米国の率は

2.74%**とされている 26。DSM-5における正式な診断名や連邦レベルの研究フレームワークの欠如が、この大きなばらつきの一因となっている。

ヨーロッパ

ヨーロッパでは、欧州学校調査プロジェクト(ESPAD)が青年層に関する最も包括的なデータを提供している。同調査は、薬物などの物質使用が減少する一方で、ゲームやギャンブルといった行動嗜癖が「新たな危機」として浮上していることを強調している 27

2024年のメタアナリシスでは、国によって有病率に大きな差があることが示された。例えば、スペイン(9.6%)、スウェーデン(9.5%)、ドイツ(7.2%)といった国々が高い率を示す一方で、オランダ(3.7%)やノルウェー(1.2%)は比較的低い 16。これは、ヨーロッパが一枚岩ではないことを示している。別のメタアナリシスでは、ヨーロッパ全体の統合有病率は**2.6%**とされ、同研究におけるアジアの7.5%よりも有意に低い結果であった 14

2.4 主要な人口統計学的要因:普遍的な傾向

地域や文化の違いを超えて、一貫して見られる傾向も存在する。

  • 性差:ほぼすべての研究と地域で共通して見られる最も強力な知見は、男性が女性よりもゲーム障害の有病率が有意に高いことである。その比率はしばしば約2.5対1と引用され 13、米国のデータでは依存者の94%が男性であると示唆する研究や 28、日本のデータで3対1の比率を示す研究など、より顕著な差が見られる場合もある 18

  • 年齢:有病率は、青年および若年成人で一貫して最も高い。ゲーム障害を持つ人の平均年齢は24歳とよく引用される 26。この時期は、思春期に形成された問題行動が、大学中退などの深刻な機能障害を伴う臨床的疾患として顕在化しやすい、きわめて重要なリスク期間である 28

これらの疫学データから導き出される最も重要な結論は、「有病率」は単一の数値ではなく、広範な「問題使用」(多くの場合5~15%)から厳密な「臨床疾患」(多くの場合0.5~3%)までのスペクトラム上に存在するということである。日本の5.1%対0.7%、韓国の8.4%対0.8%というデータは、このスペクトラムを明確に示す国内事例である 18。政策立案者は、このデータを洗練された形で解釈する必要がある。高い有病率は広範な公衆啓発キャンペーンの根拠となりうるが、専門的な治療体制の整備計画には、より低い臨床的有病率の数値が必要となる。目的に合わない数値を用いることは、資源の誤配分につながるだろう。

また、アジア諸国で高い有病率が報告される傾向、いわば「アジア有病率プレミアム」は、単純な理由によるものではない。アジアは世界最大かつ最も競争の激しいゲーム市場であり、高いインターネット普及率と巨大なプレイヤー人口を抱えている 29。この圧倒的な接触機会が、リスクにさらされる母集団の規模を増大させている。さらに、主要な余暇活動としてのゲームの社会的受容性や、厳しい学業競争といった文化的要因も寄与している可能性がある 31。アジアの研究コミュニティがこの問題をより長期間、集中的に研究してきたことも、メタアナリシスにおける発表論文数の多さにつながっている可能性がある 22。したがって、アジアでの高い有病率は、市場の飽和、社会文化的要因、研究の焦点という複合的な要因によって駆動される複雑な現象と捉えるべきである。

表1:ゲーム障害有病率の国際比較

国/地域研究/年対象診断基準評価ツール有病率 (%) (95% CI)出典
世界全体Stevens et al. / 2021一般混合混合3.05 (2.38-3.91)13
(厳格な抽出)一般混合混合1.96 (0.19-17.12)13
Meta-analysis / 2024青年混合混合8.6 (6.9-10.8)16
日本Survey / 202110-29歳スクリーニングGAMES-test5.1 (男性7.6, 女性2.5)11
CESA / 202310-59歳ICD-11ICD-11尺度0.7 (子ども2.3, 大人0.5)19
中国Meta-analysis / 2024青年混合混合11.7 (8.6-15.7)16
韓国National Survey / 202118-49歳DSM-5 (IGD)SCID0.8 (12カ月)20
18-49歳問題使用-8.4 (1カ月)20
米国APA / 2018一般DSM-5 (IGD)-0.3 - 1.023
Meta-analysis / 2020一般混合混合2.7426
ヨーロッパMeta-analysis / 2024青年混合混合-16
スペイン青年混合混合9.6 (2.2-33.2)16
スウェーデン青年混合混合9.5 (0.5-69.2)16
ドイツ青年混合混合7.2 (0.1-92.2)16

図2:青年層におけるゲーム障害有病率の国別比較(2024年メタアナリシス)

コード スニペット
graph TD
    subgraph 有病率 (%)
        direction LR
        China[中国 11.7%]
        Korea[韓国 19.3%*]
        Spain[スペイン 9.6%]
        Sweden[スウェーデン 9.5%]
        Germany[ドイツ 7.2%]
        USA[米国 3.3%]
        Norway[ノルウェー 1.2%]
    end
    style China fill:#FF6347
    style Korea fill:#FF4500
    style Spain fill:#FFA500
    style Sweden fill:#FFD700
    style Germany fill:#ADFF2F
    style USA fill:#7FFF00
    style Norway fill:#32CD32

    note["*韓国の推定値は信頼区間が非常に広く、解釈に注意を要する。"]

出典: 16

図3:日本のゲーム障害有病率 - 2つの調査が示す物語

コード スニペット
gantt
    title 日本におけるゲーム障害関連の有病率比較
    dateFormat  X
    axisFormat %
    section 問題使用の疑い(スクリーニング調査, 2021)
    男性   : 0, 7.6
    女性   : 0, 2.5
    全体   : 0, 5.1
    section 臨床疾患の疑い(ICD-11基準調査, 2023)
    子ども(10歳~中学生) : 0, 2.3
    大人(高校生~59歳) : 0, 0.5
    全体   : 0, 0.7

出典: 11


第3節 各国の対応マトリクス:政策と介入戦略の比較

本節では、各国がゲーム障害にどのように取り組んでいるかを体系的に比較し、そのアプローチを各国の独自の文化的・政治的文脈と関連付けて分析する。

3.1 規制モデル:中国のトップダウン統制

アプローチ

中国は、若者の健康を脅かす国家的な健康危機と位置づけ、国家主導で非常に介入的なモデルを採用している 31。

主要政策

  • 厳格な時間制限:18歳未満の未成年者は、オンラインゲームの利用を週3時間に制限され、その時間も週末と祝日に限定される 31

  • 実名登録制度:すべてのユーザーは実名と政府発行の身分証明書で登録することが義務付けられており、ゲーム会社は時間制限を強制するためにこれを検証しなければならない 34

  • コンテンツ・承認検閲:国家新聞出版署(NPPA)がゲームの承認を管理し、若者の健康や近視への懸念を理由に、しばしば数カ月間承認を凍結する 31

  • 国家主導の治療:「ゲーム依存」を治療するため、時には「軍事訓練」のような物議を醸す手法を用いる施設を設置している 31

3.2 進化するモデル:韓国の禁止から支援への転換

アプローチ

韓国は、厳格な規制モデルから、より柔軟で選択に基づいたシステムへと移行している。

主要政策

  • 「シャットダウン法」の廃止:2022年、韓国は10年間続いた、深夜0時から午前6時まで16歳未満のアクセスを自動的に遮断する法律を廃止した 35

  • 「ゲーム時間選択制」への移行:新しいモデルは、親と子どもが自ら時間制限を要請できるようにするもので、責任を国家から家庭へと移している 37

  • 支援と教育への重点化:新しい法制度は、処罰ではなく、若者やその家族へのカウンセリング、治療、教育の提供を重視している 35。これは、旧制度が効果に乏しく、容易に回避可能であったことを認めた結果である 37

3.3 公衆衛生モデル:日本の医療・社会的支援への集中

アプローチ

日本は、法的禁止ではなく、ゲーム障害を専門的なケアと社会的支援を必要とする医学的状態として扱う、政府支援の公衆衛生フレームワークを採用している。

主要政策・取り組み

  • 専門治療センター:政府は国立病院機構久里浜医療センターのような全国拠点機関に資金を提供し、研究、治療プロトコルの開発、専門家の育成を主導させている 39

  • 全国ネットワークの構築:治療施設数を増加させ(2016年の28施設から2020年には89施設へ)、保健所などに地域の相談拠点を設置する取り組みが進められている 40

  • 家族中心の介入の重視:治療ガイドラインや啓発資料は、一方的な禁止ではなく、家族内のコミュニケーション改善、協力的なルール設定、現実世界での代替活動の発見に重点を置いている 43

  • 国民への啓発と教育:厚生労働省や文部科学省などの省庁間連携により、学校、保護者、生徒向けの教材を作成・配布している 42

3.4 消費者保護・ウェルビーイングモデル:ヨーロッパの立法的・戦略的アプローチ

アプローチ

ヨーロッパは、消費者(特に未成年者)を操作的な手法から保護することと、公衆衛生目標としてデジタルウェルビーイングを推進することの二つに焦点を当てている。

主要政策・取り組み

  • 欧州議会決議:欧州議会は、ゲームプレイヤーを依存や操作的なデザインから保護するための統一規則を求めており、特に「ルートボックス」を問題視し、サブスクリプションの解約を容易にすることを要求している 47

  • PEGIの強化:汎ヨーロッパゲーム情報(PEGI)レーティングシステムを推進し、保護者がより良い情報を得て管理できるようにしている 48

  • デジタルウェルビーイングへの焦点:ESPAD報告書の結果を受け、学校や保健機関に対し、デジタルウェルビーイングを若者のメンタルヘルスに対する主要な脅威と認識し、予防戦略の中核に据えるよう求める声が高まっている 27

  • 共同プロジェクト:研究者、保護者団体、政策立案者が関与する多国間プロジェクトを立ち上げ、リスクに対処している 51

3.5 臨床・予防モデル:米国の分散型アプローチ

アプローチ

強力な連邦規制がない米国では、臨床治療、予防プログラム、保護者による指導といった分散型のシステムに依存している。

主要戦略

  • 治療的介入:主な治療法は、個人が問題のある思考パターンや行動を特定し、変えるのを助ける認知行動療法(CBT)などの心理療法である 52。家族療法や集団療法も一般的である 52

  • 保護者の責任と教育:保護者が制限を設定し、ペアレンタルコントロールを使用し、寝室からデバイスを排除し、「家庭のメディアプラン」を作成することに強い重点が置かれている 53

  • 予防と研修:専門機関がカウンセラー、教育者、予防専門家に対し、リスク要因を特定し、科学に基づいた予防戦略を実施するための研修を提供している 56

各国の政策は、その国の政治文化を映す鏡である。中国の権威主義的な規制と、米国の自由放任で個人の責任を重んじるアプローチとの間の著しい対照は、それぞれの広範な政治・社会哲学を直接反映している 31。欧州の消費者保護を重視するモデルは社会民主主義の伝統を 48、日本の公衆衛生主導のモデルはコンセンサスを重視する社会のあり方を反映している 41。このことは、ある国で成功した政策が、異なる政治文化を持つ別の国に容易に移植できるわけではないことを示唆している。

同時に、世界的な政策の振り子は、禁止から「ハームリダクション(害の低減)」と教育へと振れている。韓国が「シャットダウン法」を廃止したことは、この世界的な潮流を象徴する極めて重要なケーススタディである 35。この法律は効果が薄く、回避が容易であったため、最終的に保護者の選択と教育、支援を重視するシステムに置き換えられた 37。この軌跡は、日本の家族内コミュニケーション重視 45、欧州の情報提供重視 48、米国の保護者による計画策定 53 といったアプローチと軌を一にする。世界的なコンセンサスは、ゲームが現代生活に不可欠な一部であることを認め、その活動を根絶するのではなく、健康的な習慣を育むことを目指す、よりニュアンスのあるモデルへと向かっているのである。

表2:ゲーム障害に関する各国の政策比較マトリクス

国/地域主要アプローチ主要政策対象人口治療モデル産業界の役割
中国国家による規制・厳格な時間制限 ・実名登録義務化 ・コンテンツ承認検閲未成年者国家主導の治療施設(軍事訓練含む)規制の遵守義務
韓国禁止から支援へ転換・シャットダウン法廃止 ・ゲーム時間選択制 ・教育・相談支援の強化未成年者と家族相談・治療・教育プログラム選択制システムの提供
日本公衆衛生・専門治療拠点の整備 ・全国相談ネットワーク構築 ・家族中心の介入全年齢(特に若者)医療機関中心の専門治療、家族療法業界団体による自主ガイドライン、啓発活動
ヨーロッパ消費者保護・ウェルビーイング・ルートボックス等の規制検討 ・PEGIレーティング強化 ・デジタルウェルビーイング戦略未成年者、消費者全般予防、スキルベースの介入透明性の高い情報提供、自主規制
米国臨床・予防(分散型)・ペアレンタルコントロール推奨 ・家庭内メディアプラン ・専門家向け研修全年齢心理療法(CBT)、家族療法業界による自主的な情報提供

第4節 根底にある駆動要因と相関関係

本節では、データの背後にある「なぜ」を探求し、ゲーム障害という現象を形成している文化的、経済的、臨床的な要因を分析する。

4.1 経済的文脈:数十兆円規模の巨大産業

市場規模

世界のゲーム市場は経済的な巨大勢力であり、その市場規模は1800億ドル(約27兆円)を超えると予測されている 57。収益別では米国と中国が最大の市場であり、それぞれが460億ドル以上を占めている 30。

高価値市場

プレイヤー数では中国が最多だが、プレイヤー一人当たりの支出額では日本と韓国が世界最高水準にある 30。日本の市場規模は米中より小さいものの、非常に収益性が高い。

この巨大な経済的価値は、政府にとって根本的な緊張関係を生み出す。一方では、雇用を創出し、革新的な文化セクターを支援するインセンティブが働くが 48、他方では、その潜在的な公衆衛生上の害を軽減する責務を負っている。この緊張関係が、しばしば産業に損害を与える可能性のある厳しい規制よりも、産業界との協力を優先するような政策選択に影響を与えている。

4.2 文化的文脈:遊び方と生活様式の違い

東西のゲーム嗜好

研究は、ゲームのジャンルやメカニクスにおいて、明確な文化的嗜好が存在することを明らかにしている。

  • 日本:歴史的に、キャラクターや物語への強い愛着を特徴とする、シングルプレイヤーで物語性の高いロールプレイングゲーム(JRPG)が好まれてきた 59。特定のゲームやシリーズを熱心に支持する「オタク」文化も根強い 32

  • 欧米:ファーストパーソン・シューティングゲーム(FPS)、スポーツゲーム、オープンワールド型の多人数参加型ゲームといった、アクション指向のジャンルを好む傾向がある 60

文化的次元(ホフステード)

ホフステードの文化次元論によれば、日本文化は「不確実性の回避」と「長期的志向」で高いスコアを示し、米国は「個人主義」と「短期的志向」が非常に強いとされる 62。これは、ゲームデザイン(例:日本ゲームのより構造化された進行)やプレイヤーの期待に影響を与えている可能性がある。

余暇活動

余暇に関する国際比較は、異なる生活パターンを示している。直接的な因果関係を証明することは困難だが、ゲームが行われる文脈、例えば、多様な屋外活動の選択肢がある環境(オーストラリアなど)と、都市部の密集した住環境や紛争地域のように屋内活動が主となる環境とでは、総プレイ時間に影響を与える可能性がある 63。

4.3 臨床的文脈:併存疾患の決定的な役割

一貫した関連性

膨大な研究が、ゲーム障害と他の精神疾患、特に注意欠如・多動症(ADHD)、うつ病、不安障害との間に強い相関関係があることを示している 10。

日本の文脈

日本では、ADHDなどの発達障害が最も頻繁に見られる併存疾患として指摘されている 45。日本の治療提供者は、これらの併存疾患が存在することにより、患者の治療へのモチベーションが低かったり、治療関係の構築が困難になったりするため、治療が著しく難しくなると報告している 41。

因果関係の議論

これは、「ゲームがうつ病を引き起こすのか、それともうつ病の人が逃避や自己治療の手段としてゲームを使っているのか」という決定的な問いを提起する。エビデンスは、この関係がしばしば双方向であることを示唆しているが、根底にある疾患の存在が、病的なゲーム習慣を発症させる主要なリスク要因であることは確かである 10。

経済的利益は、ほとんどの民主主義国家において、厳しい規制措置に対する強力なブレーキとして機能する「ソフトパワー」となっている。ゲーム市場はGDPと雇用に大きく貢献しており 30、欧米や日本の政府は、この革新的なセクターを明確に支援しようとしている 48。そのため、中国のような産業を麻痺させかねない政策は、政治的・経済的に受け入れがたい。結果として、消費者への情報提供(PEGI)、業界の自主規制(CESAガイドライン) 40、官民パートナーシップといった「ソフト」な政策が好まれる傾向にある。この経済的現実は、権威主義国家を除き、政策議論が常に公衆衛生と経済的利益の間の交渉を含むことを保証している。

さらに、臨床的に最も重要な発見は、ゲーム障害がしばしば「病気そのもの」ではなく「症状」であるという点である。ADHDやうつ病といった疾患との高い併存率は、この問題を再定義する 10。問題は「どうすればこの人のゲームを止めさせられるか」ではなく、「なぜこの人はこれほどまでにゲームをするのか」となる。その答えは、多くの場合、未治療の根底にある疾患の症状に対処するためのコーピングメカニズムに関連している。したがって、併存するADHD、不安、うつ病に対処することなく、単にゲーム時間を制限することだけに焦点を当てた治療アプローチは、失敗する可能性が高い。統合的で、二重診断に基づいたアプローチが、長期的な成功には不可欠なのである。

図4:世界のゲーム市場収益(国別、2024年)

コード スニペット
graph TD
    subgraph 収益(10億ドル)
        direction LR
        China[中国 $47.0]
        USA[米国 $46.1]
        Japan[日本]
        Germany[ドイツ]
        UK[英国]
        SKorea[韓国]
    end
    style China fill:#FF6347
    style USA fill:#4682B4
    note["注:日本、ドイツ、英国、韓国の正確な総収益データは限定的だが、<br>これらは米中に次ぐ主要市場である。"]

出典: 30


第5節 統合と日本への戦略的提言

本節では、これまでのすべての分析結果を統合し、日本のステークホルダーのために、実行可能でエビデンスに基づいた提言を行う。

5.1 世界の文脈における日本の位置づけ:統合的評価

日本の状況は、一つのパラドックスによって特徴づけられる。すなわち、世界的に支配的で文化的に深く根付いたゲーム市場を持つ一方で、臨床的に診断されたゲーム障害の有病率(ICD-11基準)は比較的低いという点である。日本の政策対応は、禁止よりも医療的支援と家庭ベースの教育を優先する、成熟した公衆衛生モデルであり、これは新たに出現しつつある世界的なコンセンサスとよく一致している。主要な課題は、臨床的なケースと問題使用とを正確に区別すること、高い併存疾患率に対処すること、そして強力な国内ゲーム産業との関係を適切に舵取りすることにある。

5.2 日本への戦略的提言

政策立案者(厚生労働省、文部科学省など)へ

  1. ICD-11に基づく全国調査の標準化:すべての全国疫学調査においてICD-11フレームワークを公式に採用し、データが臨床的現実を反映し、国際的に比較可能であることを保証する。公的には、「問題使用」(公衆衛生の介入対象)と「ゲーム障害」(臨床治療の対象)を明確に区別して発表する。この明確化は、資源配分に不可欠である。

  2. 省庁間連携の強化:厚生労働省(治療)、文部科学省(学校での予防)、経済産業省(産業連携)の間の協力を強化し、健康と経済の目標のバランスをとる、一貫性のある国家戦略を策定する。

医療提供者(久里浜医療センター、精神科医など)へ

  1. 併存疾患スクリーニングの義務化:ゲーム障害が疑われるすべての患者に対し、ADHD、うつ病、不安障害の定型的なスクリーニングを実施する。治療計画は統合的かつデュアルトラックでなければならず、根底にある疾患への対処を優先事項とする。

  2. 段階的ケアモデルの構築:ケアの階層的システムを構築する。(1) 初期スクリーニングと教育のためのプライマリケア医およびスクールカウンセラー、(2) 中等度のケースと家族支援のための地域の精神保健福祉センター、(3) 重症、複雑、併存疾患のあるケースのための久里浜医療センターのような専門センター。

教育者と家族へ

  1. 「スクリーンタイムのルール」から「デジタルウェルビーイング」へ:教育プログラムの焦点を、単純な時間制限から、より全体的なデジタルウェルビーイングの概念へと移行させる。これには、自己調整能力の育成、操作的なゲームデザインの特定、オンラインとオフライン活動のバランス、そして仲間や子どもたちの精神的苦痛の兆候を認識することが含まれる 44

ゲーム産業界(CESAなど)へ

  1. 「責任あるデザイン」フレームワークの積極的採用:事後対応的な措置を超え、研究者や政府と協力して、責任あるゲームデザインのための自主的なフレームワークを共同で開発する。これには、ヨーロッパの消費者保護モデルを参考に、収益化(ルートボックス)、エンゲージメントループに関する倫理的ガイドラインや、プレイヤーが自身のプレイ時間を管理しやすくするツールの提供が含まれるべきである 40

  2. 独立した研究への資金提供:国民の信頼を醸成するため、業界団体は、ゲーム障害の有病率や効果的な介入に関する独立した第三者研究のための基金に貢献し、データがバイアスの懸念から自由であることを保証するべきである 40



本記事は、ギフティッド国際教育センターの専門的知見に基づき、最新の生成AI技術をリサーチアシスタントとして活用して作成されました。2025年8月3日ののぼりと発達心理研究所の講座で利用するため、AIによる広範な情報収集と構造化された草案を基に、当センターの専門家が内容を厳密に精査・分析し、独自の洞察と臨床的示唆を加えて最終的に完成させたものです。私たちは、テクノロジーの力を借りることで、より迅速かつ包括的な情報を提供できると考えています。



参考文献一覧

公的機関・国際機関報告書

  1. こども家庭庁 (2025). 「令和6年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」.  

  2. 総務省 (2025). 「令和6年通信利用動向調査の結果」.  

  3. 厚生労働省. ゲーム依存症対策関連資料、依存症対策全国拠点機関設置運営事業報告書など.  

  4. 文部科学省. 情報モラルに関する指導資料、青少年の宿泊体験事業関連資料など.  

  5. 国立精神・神経医療研究センター / 久里浜医療センター. ゲーム障害に関する研究報告、治療実態調査、相談マニュアルなど.  

  6. 世界保健機関 (WHO). 国際疾病分類第11回改訂版 (ICD-11) におけるゲーム障害 (6C51) の診断基準および関連資料.  

  7. 経済協力開発機構 (OECD). 子供のデジタルウェルビーイング、スクリーンタイム、余暇活動に関する国際比較報告書.  

  8. 欧州議会 (European Parliament). オンラインゲーマー保護に関する決議および関連報告書.  

  9. 英国情報通信庁 (Ofcom). "Children and parents: media use and attitudes report" 各年版.  

  10. 米国疾病対策センター (CDC). "National Health Interview Survey–Teen (NHIS–Teen)" におけるスクリーンタイムに関するデータブリーフ.  

  11. 米国精神医学会 (APA). 精神疾患の診断・統計マニュアル第5版 (DSM-5) におけるインターネットゲーム障害 (IGD) の記述.  

学術論文・メタアナリシス

  1. Castro-Calvo, J., et al. (2021). "An international comparison of the prevalence of gaming disorder, problematic gaming, and social media use in adolescence."

  2. Kim, Y. J., et al. (2022). "Prevalence and correlates of gaming disorder: A meta-analysis." Journal of Psychiatric Research.  

  3. Mihara, S., & Higuchi, S. (2017). "Cross-sectional and longitudinal epidemiological studies of Internet gaming disorder: A systematic review of the literature." Psychiatry and Clinical Neurosciences.  

  4. Pan, Y. C., et al. (2024). "Prevalence of Internet Gaming Disorder and Gaming Disorder: A Meta-Analysis of the Role of Diagnostic Criteria, Sample, and Assessment Scale." Journal of Behavioral Addictions.  

  5. Przybylski, A. K., et al. (2017). "A multifaceted approach to understanding the motivational components of internet gaming disorder." Review of General Psychology.  

  6. Stevens, M. W., et al. (2021). "Global prevalence of gaming disorder: A systematic review and meta-analysis." Australian & New Zealand Journal of Psychiatry.  

  7. Toth, D., et al. (2024). "Burden of gaming disorder among adolescents: A systemic review and meta-analysis." Public Health.  

  8. Yoo, H. J., et al. (2024). "Prevalence, correlates, and comorbidities of internet gaming disorder and problematic game use: national mental health survey of Korea 2021." ResearchGate.  

市場調査レポート

  1. Newzoo. "Global Games Market Report" 各年版および関連レポート.  

  2. Niko Partners. "2022 China Youth Gamers Report" および関連分析.  

その他報道・解説記事

  1. Common Sense Media. "The Common Sense Census: Media Use by Tweens and Teens" 各年版.  

  2. Pew Research Center. "Teens, Social Media and Technology" 各年版.  

  3. 中国国家新聞出版署 (NPPA) 関連報道. 未成年者のオンラインゲーム規制に関する各種報道.  

  4. 韓国シャットダウン制度関連報道. 制度の導入から廃止、選択制への移行に関する各種報道.  

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