【独占インタビュー】「ひきこもりは、親がオープンにすることから楽になる」 NPO法人 楽の会 リーラ 市川乙允氏が語る、20年以上の経験から見えた希望
「ひきこもりは、親がオープンにすることから楽になる」
「うちの子だけ、なぜ…」
「世間の目が怖い」
「どう接したらいいのか分からない」
終わりの見えないトンネルの中で、出口を求めて独りでもがき苦しんでいる親御さんが、今この瞬間も大勢いらっしゃいます。インターネットで情報を探しては一喜一憂し、誰にも相談できずに家族だけで問題を抱え込み、孤立を深めていく…。
そんな親御さんたちに、ぜひ届けたいお話があります。
今回は、ご自身の娘さんの不登校・ひきこもり経験をきっかけに、20年以上にわたってひきこもり状態にある方とその家族を支援してきた、NPO法人「楽の会 リーラ」理事長の市川乙允さんにお話を伺いました。インタビュアーは、ギフティッド国際教育研究センター(GIERI)代表の石川大貴が務めます。
市川さん自身の壮絶な体験と、そこから見出した「親が楽になるための一歩」。その言葉の一つひとつが、暗闇を照らす光となるはずです。
「始まりは、娘の不登校でした」20年以上にわたる活動の原点
石川: 本日はありがとうございます。市川さんは、ご自身の娘さんの経験が活動の原点だと伺いました。
市川さん: はい。今から35年前、1990年に娘が中学1年生の時に不登校になりました 。そこからひきこもり状態となり、本当に色々なことがありました 。私自身も悩み、苦しみました。
石川: その経験があったからこそ、同じように悩む親御さんの気持ちが痛いほどわかるのですね。娘さんはその後、どうされたのですか?
市川さん: 娘は17、8歳の頃、ある新聞記事をきっかけにイタリアでの45日間の農業体験に参加したんです 。日本とは全く違う文化に触れたことが、彼女を非常に元気にさせました 。
その後、旅行先で出会った方と結婚し、子どもにも恵まれました 。そして驚くことに、その娘の子ども、つまり私の孫娘も中学1年で不登校になったんです 。
石川: お孫さんまで…それは大変でしたね。
市川さん: ところが、ここからが違いました。娘は自身の不登校経験があったので、孫娘への対応が非常に良かったんです 。決して「学校へ行け」とは言わず、孫娘の話をよく聞き、その状態を丸ごと受け入れたんですね 。自分が経験しているから、「行かなくても別にいいじゃない」ということが分かっていた。その経験が、子育てに非常に活きた例だと思います 。
結果的に孫娘は、自分に合った自由な校風の学校を見つけ、毎日通えるようになりました 。高校では不登校の友人をサポートする活動まで始め、猛勉強の末に大学へ進学し、今では会社で働き結婚もしています 。
なぜ、ひきこもりは増え続けるのか?コロナとスマホがもたらしたもの
石川: 今、ひきこもりは146万人とも言われ、その数は増え続けています。この背景には何があるとお考えですか?
市川さん: 一つのきっかけはコロナ禍だったと思います 。もともと学校生活に生きづらさを感じていた子どもたちにとって、学校がなくなるという状況が、そのままひきこもりや不登校につながる「良いきっかけ」になってしまった 。これが爆発的に増えた一因だと考えています 。私たちのデータでも、ひきこもり状態の方の約6割が、過去に不登校を経験しています 。
石川: なるほど。もともとあった問題が、コロナで顕在化したのですね。
市川さん: それに加えて、スマホの普及も不登校を長引かせる一因になっていると感じます 。昔のように外で仲間と遊ぶことが減り、一緒にいてもそれぞれがスマホゲームをしている 。コミュニケーションの形が大きく変わってしまいました 。スマホが悪いと一概には言えませんが、子どもたちが現実の人間関係から離れ、部屋にこもる時間を増やしている側面は否定できないでしょう 。
親が楽になる魔法の言葉「私、オープンにしたんです」
石川: 多くの親御さんが、世間の目を気にしてひきこもりの事実を隠してしまいます。その結果、家族全体が孤立していくケースが後を絶ちません 。
市川さん: まさにそこが一番大きな問題です。実は、私の妻がそうでした。娘が不登校になった時、彼女は一切隠さず、親戚や地域の友人など、あらゆる人にオープンに助けを求めたんです 。その姿を見て、私も教えられました 。
私自身も、転職先の社長に全てを話して入社しましたし、地域の町内会の役員会でも最初に「うちの娘は…」とオープンにしました 。
石川: オープンにすることで、何か変化はありましたか?
市川さん: もう、本当に自分が楽になるんです 。てらいがなくなる。会社の人間関係もスムーズですし、何の偏見もありません 。むしろ「実はうちの息子も…」と打ち明けてくれる人もいて、新たな輪が広がるんです 。
隠しているということは、子ども自身に「自分は隠されるべき恥ずかしい存在なんだ」と思わせてしまうことにつながります 。
親が勇気を出してオープンにすることが、社会の偏見をなくし、結果的に自分の子どもが生きやすい世の中を作っていく第一歩になるんです 。
「学校へ行け」は禁句。親が家庭でできる、子どもとの向き合い方
石川: オープンにすることと並行して、家庭内でお子さんとどう向き合えばいいのでしょうか。
市川さん: 何よりも大事なのは、親子の関係がフラットであることです 。私はイタリアで「夫婦はパートナーシップで結ばれたフラットな関係だ」と教わりましたが、これは親子関係にも通じると思うんです 。
その上で、娘が孫娘にしたように、
子どもの話をよく聞くこと
慌てず、落ち着いて「それでいいんだよ」と、今の状態を受け入れること
そして絶対に「学校へ行け」と言わないこと
この態度が重要です。親がまず子どもの「逃げ場」になってあげること 。祖父母がいるなら、じいじ・ばあばがその役割を担うのも良い方法です 。親じゃないからこそ、気楽に甘えられる場所が必要なんです 。
相談先は、ここにある。「楽の会」の具体的なサポート
石川: とはいえ、家族だけでは限界があります。市川さんたちが運営されている「楽の会 リーラ」では、具体的にどのような支援をされているのですか?
市川さん: 私たちは当事者団体として、お互いに助け合うことを基本に、4つの事業を柱に活動しています 。
月例会: 最初の入り口となる、誰でも参加できる会です 。
相談事業: 電話、グループ、個別での相談や、ご家庭への訪問支援も行っています 。
カフェ事業: 巣鴨にあるカフェは、当事者の方が安心して過ごせる「居場所」であり、ボランティア体験を通じて社会とつながるステップアップの場、そして経験者がサポーターになるための訓練の場でもあります 。
地域家族会ネットワーク: 都内32カ所の地域家族会と連携し、その事務局を担っています 。
私たちの活動の根本には、
ひきこもりのご本人や家族が、もっと地域でオープンになり、生きづらい地域を生きやすい地域に変えていきたいという想いがあります 。
「引き出し屋」に頼る前に。知っておいてほしいこと
石川: 追い詰められた親御さんが、高額な費用を払って「引き出し屋」と呼ばれる業者に頼ってしまう問題も耳にします。
市川さん: それは最も避けてほしい選択肢の一つです。親に裏切られたという思いは、一度こじれると取り返しがつかないほどの親子の断絶を生みます 。実際に業者に連れて行かれたご本人から、「助けてほしい」と携帯で電話がかかってきたこともあります 。
私たちは弁護士と連携するルートを持っており、ご本人がそこから出る意思があれば、住む場所の確保から生活保護の申請までサポートする体制を整えています 。何よりも本人の保護が第一です 。
また、親御さん自身の意識を変えるアプローチも始めています。「CRAFT」という、もともとアルコール依存症の家族向けだったプログラムをひきこもり版に応用し、具体的な声かけの方法などをトレーニングする試みも行っています 。
最後に、今悩んでいる親御さんへ
石川: 最後に、今まさに暗闇の中にいる親御さんへ、メッセージをお願いします。
市川さん: まず、相談に来られる方は、ひきこもりで悩む方全体のほんの1%にも満たないのが現状です 。ほとんどの方が、誰にも言えずにご家庭で抱え込んでいます 。ですから、
あなたが今悩んでいるのは、決して特別なことではありません。
私たちの会に来られるきっかけは、昔は電話が多かったですが、今はネットで見て来られる方が増えています 。この記事を読んでくださったのも、何かのご縁です。
ひきこもりの背景には、発達特性が関わっていることも少なくありません 。私たちはそれを「障害」ではなく「個性」だと捉えています 。そうした専門的な知識を持つカウンセラーとの連携も行っていますので、一人で判断せずに、まずは専門家につなげることが大切です 。
どうか、希望を失わないでください。諦めないでください 。
親がまず一歩を踏み出すこと 。自分からオープンになって、自分が楽になること 。それが、お子さんが生きやすい社会、多様な価値観が認められる寛容な社会へとつながっていく、確かな一歩だと、私は信じています 。
石川: 市川さん、本日はご自身の体験に基づいた、力強く、そして温かいお話を本当にありがとうございました。
【取材協力】
NPO法人 楽の会 リーラ: https://rakukai.com/
ひきこもり状態にある方とその家族のための当事者団体。相談事業や居場所の提供など、様々な活動を行っています。
GIERI(ギフティッド国際教育研究センター): https://gieri-jp.com/
不登校・ひきこもりなど、困難を抱える子どもたち一人ひとりに合った学びの環境を創造することを目指しています
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