WHOのICD-11とDSM-5:二つの「ゲーム障害」の基準どう違う?
ゲームに関する心の問題については、現在、世界的に用いられる主要な診断基準が2つ存在します。一つは世界保健機関(WHO)の「国際疾病分類(ICD-11)」、もう一つは米国精神医学会(APA)の「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)」です。
項目 | WHO (ICD-11) | 米国精神医学会 (DSM-5) |
正式名称 | ゲーム行動症(Gaming Disorder) | インターネットゲーム障害(Internet Gaming Disorder) |
位置づけ | 正式な精神・行動の疾患 | 「今後の研究のための病態」(正式な疾患ではない) |
診断の核心 | 3つの必須条件 | 9つの症状のうち5つ以上 |
対象 | オンライン・オフライン問わず全てのゲーム | 主にインターネットゲーム |
基準の具体的な違い
両者の最も大きな違いは、診断に至るまでの考え方と具体的な項目です。
WHO(ICD-11)の基準:生活への支障を重視
WHOの基準は、以下の3つすべてが12ヶ月以上(重症の場合はそれより短くても可)続くことで診断されます。非常にシンプルで、ゲームによって実生活にどのような深刻な機能不全が起きているかを重視します。
コントロールの喪失:ゲームをする時間や頻度、状況などを自分で制御できない。
ゲームの優先:他の生活上の関心事や日常の活動より、ゲームを優先する。
問題の継続・エスカレート:健康を害したり、人間関係が悪化したりといった問題が起きているにもかかわらず、ゲームを続けたり、さらにのめり込んだりする。
DSM-5の基準:依存症的な兆候を数える
DSM-5は、薬物依存などの基準を参考に作られており、以下の9つの症状のうち5つ以上が12ヶ月以内に見られる場合に診断されます。
ゲームへのとらわれ
離脱症状(ゲームができない時のイライラなど)
耐性(より長くプレイしないと満足できない)
コントロールの喪失
他の活動への興味の喪失
問題があると知りながらの継続
嘘をつくこと
否定的な気分からの逃避
重要な関係や機会の危機(失業、留年、失恋など)
主な争点と、違いによって生じる問題
この基準の違いは、専門家の間でも大きな争点となっており、社会にいくつかの問題を引き起こしています。
1. 診断される人の数が大きく変わる【最大の問題】
争点:WHOの基準は厳格で、診断される人は少なくなります。一方、DSMの基準はより広く、診断される人の数が数倍に増える傾向があります。研究によれば、DSM基準での有病率は、WHO基準の約2倍以上になる傾向があります。
生じる問題:「ゲーム障害はどれくらい深刻な問題なのか?」という問いに対し、用いる基準によって答えが大きく変わってしまいます。これは、医療資源の配分や公衆衛生政策を立てる上で大きな混乱を招きます。
2. 「熱心な趣味」と「病気」の境界線
争点:DSMの基準、特に「とらわれ」や「耐性」などは、プロゲーマーや非常に熱心な愛好家にも当てはまりかねないと批判されています。
WHOの基準は、生活に明確な支障が出ていることを必須条件とすることで、このような「過剰診断」を防ごうとしています。生じる問題:DSMの基準を安易に適用すると、健全な趣味としてゲームを楽しんでいる人まで「障害」と見なしてしまうリスク(スティグマの助長)があります。
3. 治療や公的支援へのアクセス
争点:WHOのICD-11は、多くの国で医療保険の適用や公的な統計の基準となります。正式な疾患として認められたことで、患者は治療を受けやすくなり、国も対策を取りやすくなりました。
生じる問題:DSM-5ではまだ「研究段階」のため、特にDSMを主に使用する米国などでは、公的な医療サービスや保険適用の対象になりにくいという課題があります。
4. 研究の整合性
争点:研究者が用いる基準が異なると、研究結果を互いに比較したり、統合したりすることが難しくなります。
生じる問題:「ゲーム障害の治療法」に関する研究であっても、対象としている患者群が基準によって異なるため、研究の信頼性や一般化が難しくなるという問題が生じます。
このように、WHOとDSMの基準は似ているようで、その背景にある哲学と社会に与える影響が大きく異なります。
WHOが「生活の破綻」という結果を重視するのに対し、
DSMは依存症に至る「プロセスや兆候」を広く捉えようとしており、この違いが様々な議論や問題の根底にあります。
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