「大人の発達障害」と「ギフテッド」:なぜ両者が結びつくのか?専門機関からの分析と提言
当センターには、「AIとの対話で自分がギフテッドかもしれないと思った」というご相談があることをお伝えしました。詳しくは⇒コチラ
それだけでなく、私たちのところには成人の方から、次のようなご相談も寄せられています。
「発達障害と診断されたが、自分はギフテッドでもあるのではないか。特性を診断・認定してほしい」
AIを通じて調べたところ、
ネット上には「ギフテッドと発達障害の違い」、「ギフテッドと発達障害の共通点」、あるいは「自分がギフテッドだと思った理由」といった情報が多数存在し、多くの人が自身の特性について探求しています。
との回答が見られました。
このような相談は決して珍しいものではありません。
10年以上前から、私はこのような問い合わせを受けてきた経験があります。「ギフテッド」の認知が広がるにつれ、今後このような相談が増えていくでしょう。
そこで今回は、なぜ、大人の発達障害の方が「ギフテッドかもしれない」と考えるのか。その理由を深掘りし、批判的に分析することで、皆様の機関での対応に役立つ情報を提供します。
「ギフテッド」と「発達障害」―なぜ混同されるのか?
ギフテッドと発達障害の特性には、一見すると共通しているように見える点が少なくありません。このことが、両者を混同したり、発達障害を持つ方が自身をギフテッドだと考えたりする理由の一つとなっています。
例えば、以下のような特性が挙げられます。
高い集中力とこだわり: 興味のあることには驚くほどの集中力を発揮し、細部まで徹底的に追究する傾向があります。
論理的思考と分析力: 物事を論理的に捉え、複雑な問題を分析することに長けている場合があります。
感覚過敏: 特定の音、光、触覚などに過敏に反応することがあります。
周囲との「ズレ」や孤立感: 他者とのコミュニケーションにおいて、価値観や興味の対象が合わず、孤立感を感じやすいことがあります。
感情の起伏(過度激動): 感情の反応が大きく、時に激しい感情の波を経験することがあります。
これらの特性は、ギフテッドと発達障害の双方に見られることがあり、当事者や周囲がその根底にあるメカニズムを区別することが難しい場合があります。
「ギフテッドかもしれない」と考える心理的背景(批判的分析)
では、なぜ発達障害と診断された方が、自身の特性を「ギフテッド」と結びつけたり、時にはそう「勘違い」したりするのでしょうか。そこには、複数の心理的要因が複雑に絡み合っているように思えます。
ポジティブな自己認識の希求:
発達障害の診断は、自身の困難な側面や苦手な部分に焦点を当てがちです。一方で、「ギフテッド」という言葉は、「突出した才能」「特別な能力」といった非常にポジティブなイメージを伴います。
生きづらさや困難を抱える中で、「障害」という側面だけでなく、「特別な才能」という側面で自身を捉えたいという自己肯定感を求める心理は、非常に自然なものでしょう。自身の「ズレ」を、発達障害による困難ではなく、ギフテッドゆえの「周囲の理解不足」と解釈することで、心の負担を軽減しようとする防御的な心理が働くと考えられます。
特性の根底にあるメカニズムの誤解:
前述の通り、ギフテッドと発達障害では、表面的な行動が似ていても、その根底にある認知のメカニズムや動機が異なります。しかし、一般的にこの違いは深く理解されていません。
例えば、「飽きっぽい」という行動一つとっても、発達障害(ADHD)の場合は注意の維持が難しいことに起因するのに対し、ギフテッドの場合は課題が簡単すぎたり、刺激が足りなかったりすることに起因する場合がある、と説明されることがあります。しかし、当事者がこの微妙な違いを自身で正確に判断することは極めて困難です。
「診断」「認定」への強い欲求と情報過多:
ギフテッドには、医学的な明確な診断基準や公的な認定制度が存在しません。しかし、自身の「特別さ」や「生きづらさ」に説明がほしい、客観的な根拠がほしいという強い欲求を持つ方がいます。
インターネット上には、「ギフテッドチェックリスト」のようなものや、非専門家による主観的な情報が溢れています。これらの情報に触れる中で、自身の特性に合致する項目を見つけると、「自分はギフテッドだ」と自己診断してしまう傾向が見られます。AIが提供する「ギフテッド判定スコアモデル」のようなものも、この「認定欲求」を刺激し、誤解を深める可能性があります。
「2E(Twice-Exceptional)」概念の拡大解釈:
「2E」とは、ギフテッドと発達障害の両方の特性を併せ持つ概念であり、一部の学術研究で用いられています。この概念の認知度が高まることで、「発達障害があるならギフテッドでもあるかもしれない」と安易に結びつけてしまうケースが見られます。
しかし、2Eであるためには、まず突出した知的能力や才能である「ギフテッド性」が明確に認められることが前提となります。発達障害の特性があるだけで、必ずしもギフテッド性があるわけではありません。
専門機関の皆様へ:適切な対応のために
大人の発達障害の方が「ギフテッドかもしれない」とご相談に来られた場合、その背景には、自身の特性への戸惑い、自己理解への強い希求、そして周囲との関係性における悩みなど、複合的な要因が存在します。
当センターは、このようなご相談に対し、以下の点にご留意いただくことを強く提言いたします。
傾聴と共感の姿勢:
まずは、相談者様の「ギフテッドかもしれない」という自己認識を頭ごなしに否定せず、その言葉の裏にある「自分を理解したい」「この生きづらさの理由を知りたい」という切実な思いに耳を傾け、共感を示すことが重要です。
AIの限界と専門的診断の必要性の説明:
AIは診断能力を持たないこと、そしてギフテッドの診断には専門家による客観的な評価(知能検査、発達評価、行動観察、詳細な面談など)が不可欠であることを、丁寧に、そして分かりやすく説明してください。
「ギフテッドはポジティブな特性ですが、診断には専門的な知識と基準が必要です」と伝え、安易な自己診断やAIによる判断の限界を明確に伝えましょう。
特性の客観的な理解を促す:
相談者様が抱える「生きづらさ」や「突出した能力」について、ギフテッドという枠組みだけでなく、発達障害の特性からどのように理解できるか、あるいは「2E」という概念が適用される可能性はどの程度か、専門的な見地から客観的に説明を試みてください。
重要なのは、「何であるか」というラベルを貼ることよりも、「どのような特性を持ち、それによってどのような困難や強みがあるのか」という具体的な理解を深めることです。
適切な専門機関への連携:
必要に応じて、発達障害の診断・支援を専門とする医療機関、心理カウンセリング、あるいはギフテッド教育に知見のある教育相談機関など、適切な専門機関への紹介パスを提示してください。
自身の特性を深く理解し、それに基づいた適切なサポートを受けることが、真の自己肯定感と社会適応に繋がります。
ギフテッドと発達障害は異なる概念ですが、それぞれの特性が複雑に絡み合うこともあります。当センターは、このような複雑な自己認識を持つ方々が、適切な理解と支援を受けられるよう、今後も情報発信と連携に努めてまいります。
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