閉ざされたドアが開くとき―「リフレクティング」が起こす対話の奇跡
【研修報告】オープンダイアローグ実演から学ぶ 実践編
研修の後半では、斎藤先生らによる「オープンダイアローグ」のロールプレイ(実演)が行われました。その生々しいやり取りの中に、家庭で膠着状態を打開するヒントが詰まっていました。
場面設定:訪問を拒否する息子
5年間ひきこもっている「タカシさん(仮名)」の自宅に、医師と精神保健福祉士(PSW)が訪問します。しかし当日、タカシさんは部屋から出てこようとしません。 ここで支援チームは、無理にドアを叩いたり説得したりしません。代わりに、部屋の外(廊下)で、両親と支援者が「対話」を始めます。
魔法の技法「リフレクティング」
支援者は、部屋の中にいるタカシさんにも聞こえる声で、両親の話を聞き、そして支援者同士で感想を話し合います。これを「リフレクティング」と呼びます。 「ご両親も苦しかったんですね」「でも、タカシさんの怒りにも理由がある気がしますね」 支援者が、タカシさんを「評価」するのではなく、一人の人間として尊重しながら語り合う声を、彼はドア越しに聞いています。
「全否定されたんだよ!」――彼が部屋から出てきた理由
ロールプレイの中で、タカシさんは突然ドアを開けて出てきました。それは説得されたからではありません。「自分の痛みを分かっていない!」という怒りを伝えたかったからです。 彼は語りました。漫画家になりたいと言った時、親から「才能がない」「公務員になれ」と全否定されたことが、どれほど傷ついたかを。
「否定」せずにベクトルを尊重する
この場面で支援者は、「漫画家なんて無理だよ」とは言いません。「そうか、全否定されたと感じて、心が折れてしまったんだね」と、彼の主観的真実をそのまま受け止めました。 否定されずに受け止められた時、タカシさんの態度は軟化し、「また会ってもいい」と次回の約束に応じました。
「事実はどうでもいい。主観のみが重要である」
斎藤先生のこの言葉通り、客観的な正しさ(漫画家になれるかどうか)よりも、本人の「痛み」や「願い」に寄り添うことが、閉ざされた扉を開く唯一の鍵であることを、このロールプレイは教えてくれました。
【研修報告】ひきこもり支援の最前線 理論編
暴力、妄想、親亡き後…。「答えのない問い」にどう向き合うか?
【研修報告】斎藤環教授への質疑応答から
研修の最後に行われた質疑応答では、支援現場やご家族が抱える切実な悩みに対し、斎藤先生から明確な指針が示されました。特に重要だと感じた3つのポイントをシェアします。
Q1. 家庭内暴力にはどう対応すべきですか?
A. 「徹底的な拒否」と「避難」です。
ここは対話の例外です。暴力は絶対にいけません。説教や我慢をするのではなく、「暴力は嫌だ」と伝え、実際に起きたら即座に避難・通報してください
Q2. 「漫画家になりたい」など、非現実的な夢を語る場合は?
A. 否定せずに、その「ベクトル(エネルギーの向き)」を尊重してください。
「無理だ」と否定すればするほど、本人はその夢に固執し、意地になってしまいます。逆に、その方向性を認め、応援する姿勢を見せると、本人は安心して現実に向き合い始めます。
人間は本来まともな判断力を持っています。対話を続ける中で、「やっぱり漫画は厳しいかも」と自ら軌道修正する力(自律力)を信じることが大切です
Q3. 親が高齢で、本人に会えないままの支援に意味はありますか?
A. 本人に会わなくても、変化は起きます。 斎藤先生の経験では、親御さんが対話の作法(否定しない、丁寧に聞く)を学び、家庭内の空気が変わるだけで、本人がアルバイトを始めたり、部屋から出てきたりするケースが多々あるそうです。 「本人を変えよう」とするのではなく、まずは家族が安心して話せる環境を作ること。それが遠回りのようでいて、実は最も確実な支援への第一歩となります。
GIERIの支援への決意
今回の研修を通じ、「正しさ」を押し付けるのではなく、「不確実性」に耐えながら共に歩む姿勢の重要性を再確認しました
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