【セミナー後記】なぜ日本はゲームを規制できないのか?〜香川県ゲーム条例が示す「3つの壁」〜

 先日(2025年8月3日)、のぼりと心理教育研究所さんの「夏季セミナー」で講演をさせていただきました。

全国から小中学校の先生方、ならびに教育委員会の皆様、福祉関係の皆様、約40名を対象に「ゲーム障害・ネット依存」をテーマにお話しさせていただく貴重な機会をいただきました。

ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。

講演では、WHOが定める「ゲーム障害」の病理的な側面から、子どもたちがゲームにのめり込む心理的背景、そして海外(中国・韓国など)でのルートボックス(ガチャ)規制の動向まで、幅広くお話しいたしました。

最後の質問タイムで、ある先生から非常に本質的な質問をいただきました。

「なぜ日本では子どものゲーム障害を防ぐための規制ができないのでしょうか?」

この問いは、多くの方が疑問に思っていることでしょう。

そして、この「難しさ」を理解することこそが、私たちが子どもたちのために本当にすべきことを見つけるための第一歩かもしれません。

講演の終わりで、十分な回答ができていなかったかもしれません。

今回、あらためて、この質問へ回答とし、『セミナー後記』にしたいと存じます。


「諸外国のように、なぜ日本では子どものゲーム障害を防ぐための法的な規制が難しいのでしょうか?」


象徴的な事例:香川県「ゲーム条例」から学ぶもの

2020年4月、香川県で全国初となる、子どものゲーム利用時間を「平日60分、休日90分まで」と具体的に定めた条例が施行されました。

その目的は「子どもの健全な育成」。この理念に反対する人は少ないでしょう。

それにもかかわらず、この条例は社会に大きな議論を巻き起こし、現在も様々な評価が分かれています。

この経験から見えてきたのは、効果的な対策を考える上で避けては通れない「3つの壁(課題)」の存在です。これらの課題を正しく理解することで、より建設的な解決策が見えてくるはずです。


壁①:科学的根拠の複雑性

まず重要な課題は、ゲーム使用と健康への影響について、科学的知見が発展途上にあることです。

確かに、過度なゲーム使用が睡眠不足や学習時間の減少につながることは複数の研究で示されています。しかし、「平日60分」という具体的な時間制限が最適であるかどうかについては、年齢、個人差、ゲームの種類、使用環境など多くの要因を考慮した更なる研究が必要な状況です。

講演でもお話しした通り、ゲーム障害はプレイ時間だけで決まるものではありません。その背景には、現実世界での孤立感、自己肯定感の低さ、発達上の特性など、複合的な要因が複雑に絡み合っています。

しかし重要なのは、「エビデンスが不完全だから何もしない」のではなく、現在得られている知見を活用しつつ、継続的な研究と政策の改善を進めることです。予防原則に基づきながらも、過度に厳格すぎない、柔軟なアプローチが求められています。


壁②:家庭の自律性と子どもの最善の利益のバランス

第二の課題は、行政の役割と家庭の自律性をどうバランスさせるかという問題です。

「子どもの教育は、第一義的には保護者が責任を負う」というのが日本の基本的な考え方です。同時に、子どもの健康と福祉を守ることは社会全体の責任でもあります。香川県の条例に対する違憲訴訟では、最終的に「努力目標」としての合憲判断が下されましたが、この判決は段階的で柔軟なアプローチの重要性を示唆しています。

セミナーで紹介したように、諸外国の事例を見ると、韓国では一時期、深夜時間帯の青少年のオンラインゲーム利用を制限する「シンデレラ法」が施行されましたが、実効性の問題から2021年に廃止されました。一方、中国では平日のゲーム利用を禁止する厳格な規制を導入していますが、規制を掻い潜ってる子どもたちのお話しもしました。VPN利用などによる回避や、規制の社会的コストについて議論が続いています。

これらの海外の事例からも、一律の禁止よりも、教育と支援を組み合わせた包括的なアプローチの重要性が浮かび上がってきます。


壁③:実効性と社会受容性

第三の課題は、政策の実効性をどう確保し、社会の理解を得るかという問題です。

香川県の条例について、施行後の効果測定は複数の調査で行われていますが、結果は必ずしも一致していません。ある調査では時間短縮効果が見られたとする一方、別の調査では大きな変化は見られなかったとするものもあります。これは調査手法や対象の違いによるものと考えられますが、効果的な政策評価手法の確立が重要な課題として浮かび上がっています。

また、eスポーツが国体の文化プログラムに採用されるなど、デジタルゲームを巡る社会的認識も変化しています。この変化を踏まえ、単純な「制限」ではなく、健全な利用を促進する観点からの政策設計が求められています。


建設的なアプローチに向けて:解決策を止揚する

ここまでの分析を踏まえ、私たちは「規制か自由か」という二項対立を超えた、より統合的なアプローチを模索する必要がありそうです。

1. 段階的・個別化されたサポート

年齢や発達段階に応じた段階的なガイドラインと、個別のニーズに対応できる柔軟性を両立させることが重要です。幼児期、学童期、思春期それぞれに適したアプローチを開発し、画一的でない支援体制を構築する必要があります。ご紹介したスマホ育児について、是非皆様からも警鐘を鳴らしていただきたいです。

2. 予防教育の充実

正しい知識の普及とリテラシー教育:ゲームの魅力とリスクを科学的に理解し、子どもたち自身が判断力を身につけられる教育プログラムの開発。これは学校教育、家庭教育、地域教育の連携により実現されます。そして、複雑化するICTの進化により、リテラシー能力は一律に誰もが習得できるわけではないという問題にも今後直面すると思われます。

3. 対話に基づく環境整備

家庭内での建設的な対話の促進:なぜルールが必要なのかを子どもに説明し、納得感のある家庭のルールを一緒に作るための親子支援プログラム。専門機関による相談体制の充実も重要です。親子当事者だけでは話せない難しさがあります。

4. 包括的な成長支援

多様な居場所と活動機会の提供:セミナー冒頭でお話ししたとおり、ゲーム以外にも「楽しい」「達成感がある」と思える居場所や人間関係を育むための社会環境の整備。これが大変重要だと考えます。これにより、ゲームへの過度な依存を自然に防ぐことができます。

5. 継続的な研究と政策改善

エビデンスに基づく政策の継続的改善:効果測定の手法を確立し、政策の改善を継続的に行う仕組みの構築。国際的な研究協力も重要な要素です。


まとめ:持続可能な解決に向けて

香川県の条例は、日本社会に重要な問題提起をしました。その経験から学べるのは、「完璧な規制」を目指すのではなく、継続的な改善を前提とした柔軟で包括的なアプローチの重要性です。

法規制、教育支援、家庭サポート、専門機関による介入支援──これらは対立するものではなく、相互に補完し合うものとして位置づけるべきでしょう。子どもたちが健全にデジタル社会と関わっていけるよう、社会全体で知恵を結集し、長期的視点に立った取り組みを進めていくことが、今最も求められているのではないでしょうか。


最後に皆様へ

最後になりますが、今回ご参加いただいた、教育や相談の最前線に立つ先生方、カウンセラーの皆様に、心からの敬意とエールを送らせてください。 日々、子どもたちの多様な現実に真摯に向き合い、最善を尽くしておられる皆様のご尽力は、計り知れません。

何よりも、子どもたちにとって、最も身近で信頼できる大人は、ご家庭の次には、間違いなく先生方やカウンセラーの皆様です。

皆様の一つひとつの温かい眼差しや真剣な言葉かけが、例えすぐに結果に見えなくとも、子どもたちが自らの力で現実の困難を乗り越え、この複雑なデジタル社会を生き抜くための「お守り」になるはずです。

「ゲームとの付き合い方」というテーマは、私たち大人にとっても明確な答えが見つからない、新しい課題です。

この問題は、決して一人で、あるいは学校だけで抱え込むものではありません。私たちのような外部の専門機関は、皆様と共に悩み、知恵を出し合うためのパートナーです。 研修等でお役に立つことがございましたら、是非ご連絡ください。

これからも皆様と連携し、子どもたちの健やかな未来を支えていけることを心から願っております。この度は、誠にありがとうございました。


ギフティッド国際教育研究センター
代表 石川大貴

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