世界で学ぶ異文化を越えて働く③コパカバーナの白い砂浜と、盗人の良心――“共存共栄”という静かな哲学

 いま、子どもたちに必要なのは「英語」よりも、

多様な価値観を受けとめる力──つまり「異文化のまなざし」です。

本連載では、国際ビジネス、教育、地域開発などの現場で40年以上にわたり、
五大陸・88か国を実地に歩いてきたGIERIの国際教育アドバイザー・栂野久登(とがのひさと)氏が、現場で肌で感じ、対話し、乗り越えてきた「文化を越えて働く」リアルな知見を語ります。

単なる“海外体験”ではありません。
言葉・習慣・価値観のズレに直面しながら、どう人と関係を築き、
どう「違い」を教育やビジネスの力に変えてきたか──

今回のテーマは、
「正しさとは?」。
「善」と「悪」を単純に分けられない、人間の奥深さのエピソードです。



コパカバーナの白い砂浜と、盗人の良心――“共存共栄”という静かな哲学

ある晩、リオデジャネイロのコパカバーナの白い砂浜に、私は一人で横たわっていた。
深酒のあと、砂浜でそのまま寝入ってしまい、目覚めたときにはシャツとパンツ一枚、浅瀬にずぶ濡れの状態だった。
身につけていた財布も、IDカードも、現金もすべて消えていた。

当時のブラジルでは、外国人がIDカードを持たずに街中で警官に検問されれば、即座に収監される可能性があった。私は顔を青ざめさせながらも、どこかで「やられた」と割り切るしかなかった。


盗まれたのに、返ってきたもの

だが、一週間後のある日、思いがけない出来事が起こった。
自宅に封書が届いたので開けると、中には盗まれた財布とIDカード、そして一通の手紙が入っていた。

「私はあなたに恨みがあって盗みを働いたわけではありません。子どもを養うため、生活に窮し、やむなく現金のみを抜き取りました。あなたが外国人で、IDカードを失えばどれだけ困るかを思い、同封して返送させていただきました。」

その手紙を書いた人物は、都市部に職を求めて流入してきた元労働者であり、白人だったと、その文面から想像ができた。彼のような人々が、欧米から流れ込んだ巨額の投資と都市化の波に翻弄され、職を失い、やがて貧困に追い込まれていった――そんな1980年代ブラジルの社会構造が、この一件の背後にある。


善と悪のグラデーション

日本では「盗み」は即ち「悪」と切り捨てられる行為だろう。
だが、この手紙の持ち主は、盗みを働いたと同時に「返す」という行動を選んだ。
その矛盾の中に、ブラジル社会に根づく一つの哲学が見える。

それは、ポルトガルから受け継がれた「共存共栄」の思想だ。
誰かを完全に「悪」として排除するのではなく、事情を理解し、必要な線を残す。
都市にあふれる失業者や、機会を奪われた者たちの中にさえ、倫理観や共感が生きている。

「お金はいただいた。でも、あなたの立場もわかる。だから、命に関わるものは返す。」
そうした行為が可能な社会――それが、私が見たブラジルだった。


学びとしての「盗人の良心」

この体験を、私は長年、講義や研修で語ってきた。
高校生にも大学生にも、企業人にも。

「本当の異文化理解とは、こういうことだ」と伝えるために。
文化の違いは、表面的な習慣や言語の違いではなく、なぜその行動が生まれるのかという社会的背景に根ざしている。

だから私は、この一件を決して「ただの盗難事件」とは捉えない。
それは「共存共栄」の哲学を、最も静かなかたちで私に伝えてくれた“メッセージ”だったのだ。


読者へのメッセージ

もしあなたが保護者や教育者なら、子どもたちとこんな問いを共有してほしい。

「盗みは悪いこと。でも、この手紙を書いた人をどう思う?」
「人を裁くとき、どこまでが“悪”で、どこからが“人間らしさ”だろう?」

異文化体験は、善悪の境界を白黒では割り切れないことを教えてくれる。
そしてその揺らぎは、子どもたちが「人間を見る目」を養う大切なきっかけになる。

教育の場で本当に大事なのは、正しい答えを一つに絞り込むことではなく、問いの奥にある背景を考えることだ。

コパカバーナの砂浜で出会った「盗人の良心」は、そのことを私に教えてくれた。




コチラも是非⬇

「世界で学ぶ、文化を越えて働く」ブラジル編①




「世界で学ぶ異文化を越えて働く」③ブラジル編
コパカバーナの白い砂浜と、盗人の良心――“共存共栄”という静かな哲学



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