【学会報告】日本ギフテッド・2E学会 第1回大会へ — 今、日本でこのテーマを問う意義と、個人的な想い
2025年11月15日(土)、千葉大学西千葉キャンパスにて開催された「日本ギフテッド・2E学会 第1回大会」に参加してきました。
記念すべき第1回大会のテーマは、“なぜ日本でギフテッド・2Eを研究するのか?”
会場には研究者、教育関係者、そして当事者や保護者の方々が集い、これからの日本の教育と支援のあり方を模索する熱気に包まれた一日となりました。
今回のブログでは、まず学会参加の速報として、当日の概要と私の個人的な想いについて綴らせていただきます。各セッションの詳細な内容や、そこで得た知見、GIERIとしての考察については、次回以降の記事でじっくりと掘り下げていく予定です。
恩師・宮尾益知先生への想い
本題に入る前に、一つだけ個人的に、しかし深く残念に思ったことに触れさせてください。
当初、大会前日の11月14日には、宮尾益知先生による学会企画講演が予定されていました 。しかし、諸般の事情により中止となり、先生のお話を拝聴することが叶いませんでした。
実は私にとって宮尾先生は、かつて存在した「NPO法人ギフテッド研究所」にて、先生が理事長、私が事務局長という立場で共に汗を流させていただいた、深いご縁のある方です。ギフテッド・2Eという概念が今ほど広く知られていなかった時代から、その最前線で尽力されてきた先生の講演が、この第1回大会で行われる予定だったことには大きな意味があったと感じています。
先生の講演が中止となったことは無念でなりませんが、先生が撒かれた種がこうして「学会」という形になり、多くの人々が集う場となっていることに、改めて敬意を表したいと思います。
学会の歩き方:当事者の声と実践事例を求めて
学会は複数のプログラムが同時進行で行われるため、どのセッションに参加するかは常に悩ましい選択です。今回、私は「当事者のリアリティ」と「現場の具体的な支援」に焦点を当ててプログラムを選択しました。
午前:当事者の声を聴く
11:00からのセッションでは、同時間帯に「保護者を囲んでのワークショップ」も開催されていましたが、私は「当事者を囲んでのワークショップ」 に参加することを選びました。
GIERIとして、また一人の支援者として、支援の原点は常に「本人の内面的な体験」にあると考えているからです。伊藤駿先生や佐藤駿一先生によるスーパーバイズも交え、非常に濃密な時間となりました。
午後:事例研究とポスター発表
午後の口頭発表(13:30~)では、「歴史・制度」のセッションではなく、「事例研究・保護者教員支援」の会場を選びました。
土居綾美氏による「生きづらさに着目したエンパワメント」や、佐藤里美氏・池田満氏による「2E生徒の自己調整学習」、そして幼児から学齢期にかけての具体的な支援事例など、現場感あふれる発表を拝聴しました 。
また、昼の時間帯から午後にかけ、ポスター発表 については全12件すべてのブースを回り、発表者の方々の熱意ある研究内容に触れることができました。
内省的推論における自由エネルギーの話から、海外(台湾・アラブ諸国・北欧)の事情、そして放課後の居場所づくりまで、多岐にわたる視点は非常に刺激的でした。
「なぜ日本で研究するのか」を問い直す
大会の締めくくりとなるシンポジウム「日本ギフテッド・2E学会における『ギフテッド・2E』とは」および「なぜ日本でギフテッド・2Eを研究するのか」、そして杉田克生先生による記念講演 にも参加し、最後までこの新しい学会の胎動を肌で感じてきました。
単に「能力が高い子を伸ばす」という話にとどまらず、その裏にある葛藤や生きづらさ、そして日本という文化的土壌の中で彼ら彼女らをどう支え、共に生きていくか。
次回のブログからは、私が参加した各セッションの詳細なレポートと共に、GIERI代表・石川としての所感、そしてこれからの展望について、数回に分けて深くお伝えしていきたいと思います。
どうぞ、お楽しみに。
GIERI(ギフティッド国際教育研究センター)
代表 石川 大貴
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