【学会報告⑤】「大嫌い一万倍」からの逆転劇 — 小児科医が見た、長期的なまなざしが育む2E子どもの才能
学会レポート第5弾は、京都教育大学の小谷裕実先生(小児科医)の発表をご紹介します。 小谷先生は小児科医として、発達特性を持つ多くの子どもたちとそのご家族に長年寄り添ってこられました。その発表は、医療者としての専門的な知見だけでなく、一人の人間として子どもを見守り続けることの尊さを教えてくれるものでした。
1. 「大嫌い一万倍」の衝撃と、そこから始まった25年
小谷先生の発表の冒頭、ある一枚のプリントが紹介されました。 それは、25年前、当時不登校傾向にあった小学生が学校から持ち帰ったプリントです。好きな恐竜について書くはずの欄に、その子は「大嫌い一万倍」と書きなぐっていました。
子どもの心にある怒りや悲しみが痛いほど伝わってくるその言葉。 小谷先生は、その子を「患者」や「子ども」としてではなく、一人の「お客様(リスペクトすべき相手)」として接することから関係を築き直しました。
幼児扱いせず、丁寧に情報を伝え、対等に向き合う。 そうして信頼関係を築き、1年かけてようやく実施できた発達検査の結果は、IQ130を超えるギフテッド(2E)でした。
2. 「診断」はゴールではなく、環境調整のスタート
小谷先生の話で印象的だったのは、「医療の中でできることの限界」と「環境調整の重要性」です。
医療が得意なのは「個人因子へのアプローチ(薬物療法やカウンセリング)」。
しかし、本当に必要なのは「環境因子へのアプローチ(学校や家庭の環境調整)」。
かつては医療から学校現場への介入は困難でしたが、この25年で状況は変わり、医療職が教育相談という形で学校に入れる機会が増えました。 診断名をつけることは、あくまで子どもを守るための「手段」であり、時には環境が変われば診断が必要なくなることもあるという柔軟な視点(「雪解けモデル」)は、現場を知る医師ならではのリアルな感覚です。
3. 長期的に見守るからこそ、見えてくる「開花」
そして、冒頭の「大嫌い一万倍」のお子さんのその後です。 不登校や二次障害に苦しみながらも、小谷先生や学校、保護者が連携して見守り続けた結果、その方は大人になり、比類なき芸術的才能を開花させているそうです。
学校の先生はどうしても数年単位で子どもと関わりますが、かかりつけ医としての小児科医は、幼児期から成人期への移行(トランジション)まで、10年、20年というスパンでその子の人生に伴走します。
「子どもたちは見ていると、必ず大人になります」
小谷先生のこの言葉には、目先のトラブルに一喜一憂せず、その子の未来を信じて待ち続けることの重みと希望が込められていました。
GIERI代表としての所感
今回の発表を聴き、私たち支援者に求められているのは、「待つ力」と「信じる力」だと改めて感じました。
今、目の前の子どもが「大嫌い」と叫んでいても、それはその子の全てではありません。 適切な環境と、長期的なまなざしがあれば、そのエネルギーは必ず素晴らしい才能へと変換される日が来ます。
GIERIとしても、目先の適応だけでなく、その子が大人になった時の姿(ウェルビーイング)を見据えた、息の長い支援を続けていきたいと思います。
【発表内容の記載について】 掲載している内容は、当日の発表を筆者が解釈・要約したものです。不明瞭な箇所や発言の意図を完全に汲み取れていない可能性があり、実際の発言内容と認識の齟齬が生じる場合があることを予めご了承ください。
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